つれづれ日記
4月15日
  市長選挙中に大きな反響を呼んだ「市民マニフェスト」の地域での具体化がいよいよ東山区ではじまった。13日夜、京都市保養施設「きよみず」で開かれた「みんなで東山の新しいまちづくり
を考える集い」がそれである。選挙後の動きとしては、これが最初のケースだ。
  そもそも市民マニフェストは、当初、京都全体を対象とした「はんなり京都」(略称)だけを考えていたが、記者会見の席上で「地域別のマニフェストをつくらないのか」と聞かれ、思わず「その予定だ」と口走ってしまったことから、地域マニフェストづくりがスタートしたのである。でも各行政区別の地域マニフェストが出来上がったのは選挙も終盤に入った段階で、残念ながら決定打にすることは叶わなかった。考えてみれば当然だ。地域に密着したマニフェストをであればあるほどきめ細かな配慮と内容が求められるので、それを選挙期間中の集中作業でこなそうなどと思ったのがそもそも無謀だったのである。だから、地域マニフェストの具体化は選挙後の宿題として残されていた。
  しかし今回、討論に参加してみて感じたのは、地域マニフェストの内容如何もさることながら、誰がそれをつくるのか、いままでの要求運動との関連をどう考えるのか、というより本質的な問題が問われていることだった。この会を主催したのは、労組や民主団体で構成する東山区自治体要求連絡会である。いわば民主市政の会の地域組織だといってよい。これまでも日常的な地域要求運動を粘り強く続けており、選挙直後の2月13日には早くも地域統一要求書をつくって東山区役所との対市要求行動に取り組んでいる。このような歴史も実績もある要求運動組織が「新しいまちづくりを考える集い」を主催するのだから、これまでの運動との関連(相違点)が問われるのは当然だ。
  私の考えはこうである。運動団体による住民要求アンケート調査、要求の集約、自治体交渉という従来の運動の流れは、もはや「マニュアル」と言ってよいほど完成された段階に到達している。このようなスタイルで要求実現が可能なのであれば、これからも運動を継続させればよい。だが2月13日の対区役所交渉の要求内容をみれば、東大路の交通渋滞問題の解消、住宅助成の制度化、地域金融機関の育成など容易に解決できそうにない項目が並んでいる。このような難問に対する要求を運動団体が当局に対してただ「実現してほしい」と訴えるだけで(あるいはその繰り返しで)、果して要求は実現できるのだろうか。問題解決を当局に求める交渉の前提としては、当局がそれに応えるだけの能力と熱意そして条件を持っていることが必要だ。しかしそのような前提条件がない場合には、新しい段階へ要求運動を発展させない限り運動が徒労に終わる可能性を否定できない。
  私のいう「まちづくり提案型運動」の本質とは、当局に問題解決を委ねるのではなく(当局を徹底的に利用すべきだが)、住民・市民が問題解決の(知的)イニシャチブを握ることなのである。「ああしてほしい。こうしてほしい」と訴えるだけでなく、「ああすべきだ。こうすべきではないか」と問題点や解決方法を指摘し、相手がそれに従わざるを得ないほどの説得力すなわち「市民力」を持つことなのだ。そのためには多くの市民や専門家の力を借りなければならない。いや一緒に調査研究しなければ、こんなことは不可能だ。従来の要求運動とは比較にならないほどの時間・コスト・エネルギーが必要なのだ。運動団体が「住民・市民を代表する」のではなく、徹底的な住民参加・市民参加を実現しないかぎり不可能な運動形態なのである。
  もちろんこのような運動は一挙に具体化できない。だから当面は各行政区で1テーマでもよい。東山区でいえば、周辺住民はもとより東山区全体にかかわる東大路の交通渋滞問題を取り上げてもよい。本気で取り組むのであれば、全区を挙げてのまちづくり運動に発展することは必至だろう。
なお本文は「みんなで議論!、京都のまちづくり(コミュニティ活動)」の頁にも掲載しました。
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